その日、キリは真剣に悩んでいた。
足下を見下ろして、自分の見事な平らな胸に盛大なため息をつく。
せめて視界を遮る程度の膨らみがあれば、少しは救われただろう。
「どうせ再構築してくれるんだったら、ここも大きくしてくれたら良かったのに」
拗ねたような声が出るのは仕方なかった。
同じ聖女でも、シーヴなどとは全く違う自分の体はよく言えば機能的、悪く言えば色気の欠片もない代物だった。
たしかに自分の年齢を考えれば、このぐらいのサイズが妥当なのかもしれないが、キリとしてはやはり納得がいかない。
かといってそれをレオンに言うわけにもいかず、こうして一人悶々と悩んでいるのだが。
「わからないことは聞けばいいのよ」
レオンもそうしなさいって言ってるし、と決して本人がそういう意味で言ったのではないであろう忠告を自分流にアレンジした結果、キリは足早に適任と思われる人物のいる部屋へと駆けだしていた。
「シーヴ、いる?」
扉の隙間からそっと伺うように室内を見渡せば、ちょうどシャワーをあびていたのか、バスローブ姿のシーヴがゆったりと別室から出てくるところだった。
「あら、キリ。どうしたの?」
豊かな金髪をゆったりと背中に流し、あでやかに微笑むシーヴにキリは知らずうっとりと見とれた。
彼女の領地にはシーヴを聖女と知りながら、恋し崇拝する輩が絶えないのだと聞いたことがある。
それは彼女が持つ華やかさと妖艶さが大いに関係してるね、と笑いながらそんなシーヴの腰を引き寄せた深紅の大主教の姿が記憶に新しい。
だがそんなシーヴはキリにはあくまで優しい姉のように接してくれた。
聖女としては最も年若いキリは、シーヴからすれば初めて接する幼子でもあった。だからこそ聖山に行くたびに少しずつ成長していくキリを愛しく思い、またそのまっすぐな性格を自分のことのように喜んだ。
その結果、キリがシーヴをなにかと慕い頼りにするのは当たり前と言えば当たり前なのだが。
「あのね、ちょっと質問があるの」
「質問?」
なにかしらね、と笑いながらソファーに座るシーヴが空いた隣の席を指さし、座りなさいよ、と促してくれる。
キリは大人しく従い、改めて眼前に据えられた見事な胸の膨らみを拝んだ。
自分とは全く違う。そこにあるのはまさにキリが夢見る理想そのものだった。
「シーヴみたいになるにはどうしたら良いの?」
「わたしみたいに?」
「私もシーヴみたいに胸が大きくなりたいの」
一瞬なんとも言えない顔をしたシーヴだが、吹き出さなかっただけマシだったのかもしれない。それと同時にサンティスがこの場にいなくて良かったと心底思った。あの無神経な男は間違いなく腹を抱えて笑っていただろうから。
シーヴは、ゴホン、とひとつ咳払いをして隣に座ったキリに優しく微笑んだ。
「どうしてそんなことを思ったの?まさか…エイセル様がそうしてほしいっておっしゃったのかしら?」
言いながら自分でも、まさかね、と思う。
あのエイセルに限ってそんなことはないだろう。だが物事には万が一と言うことがある。
緊張した面持ちでキリを見つめるシーヴの心配は、キョトンとした顔のキリの表情に否定の意を汲み取り、返事を待つことなく安堵のため息をつくことになる。
「レオンが?ううん、そんなこと言わないわ。ただ私がそうなりたいなぁって思ったの」
「どうして?」
最たる心配を否定され、少しは気が楽になったシーヴは次に内心これはキリなりの思春期なのかしらと首をかしげた。
実年齢に比べ、再構築を施したキリの外見はいくつか年かさに作ってある。
だから自分が思い描いていた女性像、わかりやすい胸への憧れが強いのだろうかと彼女なりに考えたのだが。
「言ってはなんだけど、あまり良いものではないのよ。動きにくいし、肩も凝るし。特にキリは黒真珠を使って戦う実践派でしょう?あまり大きくなると…邪魔じゃないかしら」
「でも…ちょっとも大きくならないの?」
うるっと潤んだ瞳に、シーヴは胸を鷲掴まれた。可愛い。こんな時のキリは本当にとっても可愛い。
泣きそうなキリをそっと抱きしめ、大丈夫よ、と言うように背中を何度も撫でてやる。
「心配しなくても、キリもそのうち大きくなるわよ」
「そのうちって、いつ?明日?明後日?」
「再構築するならまだしも、そんなに早くは無理よ。せめてあと1年…2年かしら」
シーヴの言葉にキリがガッカリと肩を落とす。
再構築に慣れた身には、自然のまま待つということが時にひどくもどかしく思えるものだ。
案の定、そんなに待てないわ、と呟いた唇がすぐさままた開き、
「どうやったら大きくなるの?もっと早く大きくなる方法は?」
「どうって…そうねぇ、遺伝的なものもあるけど、てっとり早いのは詰め物をするとか」
「詰め物?それをすると大きくなるの?」
「布の切れ端とかをね、こうして袋にいれて胸に入れておくのよ。あぁ、そうそう」
そういえば、と笑いながら奥の部屋に行ったシーヴが戻ってきた頃にはその手に小さな袋を2つ持っていた。
「それ?」
「そうよ。ちょうどお土産に頼まれてたのがあって良かったわ。これをね、こうして…胸に入れるのよ。……ほら」
「わぁ…」
それは素敵な瞬間だった。
真っ平らだったキリの胸に、それとおぼしき自然な膨らみが現れたのだ。
ぱぁ…っとキリの頬に赤みが差す。
「すごい!ねぇ、シーヴ、これ…」
「あげるわよ。可愛いキリのためですもの」
キャーと歓声を上げ、キリはその場でぴょんぴょんとジャンプした。外見は大人でも、中身はまだまだ子供だ。
シーヴはそんなキリを微笑みながら、心底良かったと思っていた。
可愛いキリの、可愛い笑顔が見られたのだから、と。
少なくとも、この時までは――。
シーヴが領地に帰って数日後。
「シ、シーヴ!聞いてくれよ!!」
数日遅れで領地に戻ってきたサンティスがシーヴの部屋の扉を開けた瞬間、何がおかしいのかブハッと吹き出して、聞いてくれと言いながらもその場で腹を抱えて笑い続ける。
あまりの様子に、シーヴは「おかえり」を言う気もなくして首をかしげた。
「どうかなさいましたの?」
「それがさぁ…うはっははは!キリのやつ、つい最近再構築しただろ?んで、あいついっちょ前に胸にパット入れてやがったんだけどさ…ぶっ、あははは!」
パットという単語に、聞いたシーヴはサーッと血の気が引く思いがした。
心当たりがありすぎる言葉に、笑い転げてばかりのサンティスを蹴り上げてやろうかと思いながら辛抱強く続きを待った。
「そのパットが…ず、ずれて!あは、はははは、こう、腹の辺りに片方ズレ落ちてたんだけど!それ見たエイセルが…ブハッ、キリに『再構築でそんな機能をつけたのか』って言いやがったんだよ!!あははははっははは!!」
――最悪だ。
シーヴは笑い転げるサンティスをよそに、はぁ…と深いため息を吐く。
その時のキリの様子が目に浮かぶ。きっと顔を真っ赤にして、脱兎の如くエイセルの前を去ったに違いない。そして二度とパットなんか使うものかと誓うのだ。
「可哀想なキリ…」
今度聖山に行った際には、どうやってキリを慰めよう。
早くも憂鬱な気分になりながら、だがその側でいつまでも笑い続けるサンティスに苛立ち、急所を蹴り上げるのも忘れなかった。
◆comment◆
「焦がれる闇」「その瞳にうつるもの」と立て続けにシリアスが2本続いたので、次に書くのはコメディかな、と自分でも思っちゃいたんだけど。
日記で何気なく「次ぐらいはホント、もう少し明るめなものがUPできればな〜と思ってます。明るめな…えっと、シーヴにどうやったら胸が大きくなるのか真剣に聞いてるキリとか(笑)<明るい…か?」と書いたところ、自分の中でブワッとその情景が浮かびましてあとはもう勢いのままに…。
それだけに、今回のはかなり文章的には雑なんじゃないかと(^-^;
ものすごく短時間で書けたし、でもその勢いを大切にしたいと思ったので今回はあえて手直しせずUPしてみました。
ちなみにパット云々は友人談(しかも実体験・笑)
シリアスも良いけど、たまに書くコメディもやっぱり好きだな〜と思った次第です。