Thank you St. White Day!
Have a Good Time!
『屋台で一杯、愛の印』 Written by Takumi
火星とは、いわば地球の焼き直し的星である。
ブルーブラッドと呼ばれる、いわゆる特殊階級の人間の考えなどは特にその傾向が著しく、彼らの居住区にはそこかしこに地球の古き良き時代を懐かしむ様式の家々が立ち並んでいるのが何よりの証拠だった。
そしてここにもまた、昔を思う風情漂う屋台が一件、白い湯気を棚引かせながらもひっそりと佇んでいた。
「……わざわざ呼び出して何かと思えば」
不機嫌を隠そうともせず、コップ酒を煽る旧友を認めユージィンはうっすらと笑った。
いくら春が近いとはいえ、外はまだ吐けば息が白くなるほどの寒さだ。
そんな中、たしかに好きこのんでこんな吹き曝しの屋台に、互いの肩が当たるほど身を縮めながら安っぽい酒を飲むのはかなりの酔狂だと言える。
目の前ではおでんの鍋がグツグツと煮詰まり、濛々とした湯気が遠慮なく溢れ出ていた。
一般人がたまに物珍しさで立ち寄る飲み屋だが、さすがに今日の寒さではそれも諦めたのか、今屋台の席を埋めるのは男とその連れの二人だけだった。
「たまにはこういうのも良いだろ」
おかしそうに言い、同じくコップ酒を煽るユージィンが、ほら、とばかりに自分の小皿を隣人に勧めた。
「大根。底の方にあった奴だからダシ吸って美味しいよ?」
「自分で選ぶ」
ぶっきらぼうに言い、勧められた小皿を押し返すのはブルーグレイの瞳も冷ややかなヴィクトール。不機嫌なのはなにも場所が屋台だからというわけではない。
多忙に多忙を極めた一日を終え、ようやく帰宅できると思ったところでこの呼び出しである。それもこちらの返事を待つ前に一方的に切られてしまった。
普段なら間違いなく無視している。一生待ってろ、ぐらいの捨て台詞は言っていただろう。
だが切る間際、ユージィンの言った一言が気になって結局できなかった。
「まぁ、良いんだけどね。来なくて後悔するのは君だから」
これをはったりと一蹴するにはヴィクトールはユージィンの性格を知りすぎていた。
いや、今回の場合は知りすぎたが故に、逆にそれを利用されたのだが。
かくして迎えの車を回してきたマックスを一人で帰らせ、タクシーを呼び止め、あとは指定された場所へと言われるがままに来てしまった。
だが待っていたのは、寒さに鼻の頭を赤くしながらも大きく手を振るユージィンと、そんな彼の傍らででんと構えた屋台一件だった。
ヴィクトールの機嫌が悪くなるのも当然だろう。
「それで、なにがどう後悔するんだ」
今更のように電話のことを蒸し返してみれば、ちびちびとコップ酒を味わう男が微かに目元を赤らめながら笑い掛ける。
国民からは親しみやすいと評判の笑顔だが、それが何よりのくせ者だということを知っているだけにヴィクトールの表情は一向に緩まない。
「ここのおでん、すごく美味しいんだよ」
「だからそれが……」
「食べないと絶対後悔するって」
カラカラと笑う男にヴィクトールの拳が静かに握られた。だがこの場で相手を、仮にも火星元首を殴るほど彼も馬鹿ではない。そんなことをしたら間違いなく明日の朝刊のトップを飾ることになるだろう。
我慢に我慢を重ね、なんとか怒りをやり過ごしたヴィクトールが僅かに残ったコップ酒を一気に煽り、じろりと隣の男に訝しげな眼差しを投げた。
「大体どうして俺がお前なんかと仲良く肩を並べておでんを食くわねばならんのだ。親父、昆布と大根、それと餅巾着」
「へい」
仏頂面ながらも、腹は相応に減っているらしい。
傍らに置かれた箸立てから一本を引き抜き、行儀悪く口で挟み二つに割った。
その横で几帳面に大根を均等により分けながら、ユージィンがコップに残った酒を一気に煽る。
「今日が何日か知ってる?」
「3月14日だ。それがどうした」
即答。だがその顔が極めて無表情なことに、ユージィンは呆れながらも肩をすくめる。
友人のこういう所は昔から何一つ変わっていない。
「あのねぇ…知ってるくせに知らない振りをするの気味の悪い癖だよ」
「余計なお世話だ」
「ホワイトデーだろ」
相手に有無を言わさない勢いで答えを言う。そうでもしなければこのまま別の話題に持っていかれてそれまでだ。
より分けた大根の一つを口に入れ、あつつ…などとおどけて見せる一方で、その目が抜け目なくヴィクトールを見つめた。
青緑の瞳が今日はなお一層鮮やかだ。
「だからどうしたと言ってるんだ。俺達には1ミリたりとも関係のない、下らない行事だろう。親父、竹輪とはんぺん、それと酒の追加だ」
「……よく食べるね」
「お前の奢りだからな」
ちらり、とこちらを見たブルーグレイの瞳が初めて笑みを見せる。そういうことらしい。
大げさに肩をすくめ、ユージィンは空になったコップを箸で弾いた。
「誰かさんはこの日のお返しのために日夜深夜の運動に励んでるっていうのに、僕には何もしてくれないんだ」
ふてくされたような声。
ヴィクトールの箸がピタリと止まった。そして続く地を這うような声は、普通の人間ならば縮み上がって言葉を失う代物だ。
だが生憎とユージィンは付き合いが長い。故に、そんな脅しには全く反応しなかった。
「一つ聞きたいんだが、俺が一体いつお前からバレンタインデーに物をもらったんだ」
「嫌だなぁ、僕たちの関係に今更物品のやり取りなんか必要ないだろ」
「じゃあ俺がお返しをする必要もないだろうが」
「だから君はわかってないって言うんだよ。僕はね……」
言いかけて、更に残った最後の大根を美味しそうに頬張りながら、箸をヴィクトールに突きつけた。
「毎日、それこそ24時間君に愛を送ってたじゃないか」
「親父、このバカをその鍋に突っ込んでくれ」
微かにこめかみを震わせ、感情を精一杯押させた声音で言うヴィクトールに、ユージィンが口を尖らせる。なんでだよぉ、とぶつぶつ文句を言う傍らで酒の追加を促す親父がチラリとユージィンを認め、
「お客さん、この星の元首に似てるねぇ」
「あはは…よく言われるんですよ。あ、すみません。こんにゃくもらえますか」
似ているもなにも、本人である。
ユージィンの厚顔さに辟易しながらも、ヴィクトールは最後の餅巾着を飲み込む。
どれもダシがしみてて美味かった。
あのまま自宅に帰って広い部屋で一人味気ない夕食を食べるよりはましだったか、とそんなことを思いながらコップに残った酒を一気に飲み干す。
「親父、勘定だ。支払いはこいつがするから」
「ふぇ!?ちょ…僕まだこんにゃくが……」
「早く食べろ」
「……あのねぇ、仮にも奢ってもらってその態度はないんじゃないの」
ぶちぶちと文句を言いつつもユージィンは急いでこんにゃくを口に収め、財布から出した札を何枚かまとめてカウンターに出す。
「あ、お客さんお釣り……!」
「良いよ、取っといて」
慌てて追いかけようとする屋台の親父に微笑みながら、ユージィンはひらひらと手を振った。ちょっとした口止め料のつもりなのだろう。
すぐさま追いついてきた男が寒さに身を縮こまらせ、コートの襟を立てながら先を歩くヴィクトールをちらりと横目で伺った。
「で、どうやって帰る気だい?」
返事が返ってこない。どうやら機嫌は直らなかったようだ。
気付かれないようにこっそりとため息をつき、ユージィンは容赦なく吹き続ける風を避けるようにコートの襟元を掻き合わせた。
足元を見て歩く。一歩二歩…そろそろこの靴も換え時らしい。三歩四歩……足を進めていったところで、突然立ち止まったヴィクトールの背中に勢い良くぶつかった。寒さのせいで凍えた鼻が彼のコートに容赦なく擦れる。
「っ痛……なに?」
「飲み直すぞ」
「……は?」
言っている意味がわからず、もう一度訊ねたところで早速手を挙げタクシーを止めるヴィクトールに声を阻まれた。
「あんな安い酒で締めくくってたまるか」
結構飲んでたくせに、とは言ってはいけないようだ。ともかく、飲み直すと言うことはこのまま彼の家まで直行ということだろうか。
「僕も誘ってくれるの?」
優しいんだね。
素直に嬉しくて笑ったところで、ロクにこっちの顔も見ようとしないヴィクトールがぼそぼそと口ごもるような調子で言葉を返した。
「ホワイトデーだからな」
「え、なに?」
意地悪く聞き返す。彼をからかうのは退屈しない。
「良いから早く乗れ」
案の定、微かに早口になった彼が止まったばかりのタクシーに蹴倒す勢いで押し込んできた。笑いを堪えるのが大変だ。
行き先を告げ、シートに身体を預けるヴィクトールを見つめれば、なんだ、とばかりに視線が返ってくる。
「嬉しいよ」
言ったところで、良いから黙ってろ、とぶっきらぼうな答えが返ってきた。
どさくさに紛れてヴィクトールの肩に頭を預ける。珍しく、それには何の反応も返って こなかった。もしかしてもう諦めているのかもしれない。
だがクリュガー邸までの僅かな時間。
穏やかな空気が二人を包んでいた。
背景色が黒だからって期待しないで下さいね……(笑)
しかしダサいタイトルだ…親父臭い分、オヤジーズにはぴったりという意見もありそうだが(笑)
ひとまず火星に屋台があるか、なんてツッコミはやめてください。それをされると非常に苦しいです…俺が(笑)
でもなんで舞台がおでん屋台かというと、中年同士が心おきなく話せる場所ってなんだろう…と考えたときに頭に浮かんだのがここだったと。
それだけの理由です(笑)
相変わらず深く考えてないですね…文章も三人称なんだか一人称なんだかわかりゃしません(爆)
でもまぁ、ひとまずラブラブっぽく終わったんで良いかな、と。
そういうことにしといてください(笑)
あとは少しでも多くの人が楽しんでもらえれば幸いですm(_
_)m
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