記念企画−フィエルス編−

舞台は社会科準備室。
同僚とのくつろげる空間は、だが時にどこよりも妖しい密室と化す。
ちなみにフィエルスとは、本編でドミトリアス・フェチだった彼のこと。

 


『不可侵条約破棄』

 聖女神学院には各教科ごとに準備室が用意されている。
 というわけで、ドミトリアスをはじめとする社会科教師たちにもそれ専用の部屋があるわけだが。
「あ、おはようございます」
 ドミトリアス先輩、と入室した本人に爽やかに笑顔で挨拶するのは、今年就任したばかりの新人教師フィエルス。
 多少気が短く、周りが見えないときもあるが授業自体は特に問題がなく生徒の支持もそこそこある、ごく普通の教師だ。
 にこにこと愛想のいい顔をするフィエルスに、だがドミトリアスの表情はあまりよろしくない。
 それどころか、あからさまなため息をつくと自分の机にファイルを置き同僚を振り返った。
「お前な、いい加減『先輩』はやめろって言ってるだろ」
「でも先輩は先輩ですから」
 ドミトリアスの視線を受け、嬉しそうにはにかむフィエルスが僅かに頬を赤く染めた。
 その様子にこっそり肩をすくめるドミトリアスだが、彼は知らない。
 このフィエルスが実は校内で隠密にドミトリアス・ファンクラブを作っていることを。
 月に一度の会報、毎週の会議にブロマイド売りと、彼の行動に余念はなかった。
 ちなみに会員人数は現在校内の半分までに達しており、会費を募っているだけに裏では膨大な額の値がやり取りされているといった噂まである。
 だがそれがこれまで表沙汰にならなかったのは、ひとえに会長を務めるフィエルスの手腕にあった。
 なにをするにしてもドミトリアスにだけは迷惑を掛けない。
 それが会の鉄則。決して犯してはならないルールだった。
 おかげでドミトリアスは生徒に迫られこそすれ、それ以外の学生同士の組織云々に関しては特に職員会議で言及されるようなことはない。
 フィエルスとドミトリアス。
 なんだかんだ言って巧くやり合っていってるように見えるのは錯覚ではないと思うのだが。
「お前は妙なところで頭が固いからな」
 再びため息をつくドミトリアスだが、原因は自分にあるのであまり強くは言えないでいた。
 大学時代、地図制作サークルの後輩として可愛がっていたのが今頃になってこうした結果をもたらしたのだから、ここで文句を言ってはあまりに無責任過ぎる。
 だがその強く出れない事を承知で、時にフィエルスが強引に出るという事実をドミトリアスは知らなかった。
「強情なのは先輩譲りなんですよ……あ、コーヒー飲みます?」
「あ、ああ。悪いな」
「そんな遠慮なんかしないで下さいよ」
 らしくないですよ、と笑いながらコーヒーメーカーに豆をセットするフィエルスの背中を眺め、ため息と同時に自分の机に落ち着く。
 ギシッと座る度に音を出す年代物のイスは噂によると創立時代から代々受け継がれてるイスだとか。
 なんにせよ、そろそろ寿命が近いのは確かだった。
「先輩は次期理事長なんですから」
 うっとりと呟くフィエルスに、またその話か、とばかりにドミトリアスがため息を付く。
 机に肘をつき、窓から見える緑に目のやった。
「その話はよせと言ってるだろ」
 俺にそのつもりはないよ、と素っ気なく言うドミトリアスに、なぜです、といくらか口調を強張らせたフィエルスが目の前。コーヒーを差し出すと同時に、攻めるような物言いでドミトリアスに迫った。
「ではあなた以外、誰が理事長に相応しいと?失礼ながら、イレシオン先生をはじめとする他のご兄弟にはその資格は見受けられません。理事長として戴くのはドミトリアス先輩だけだと決めてました」
「しかし俺は理事長にはなれない。それは知ってるだろう」
「いいえ!先輩こそが相応しいんです。あなたさえ望めば、我々はいつだってあなたを理事長に据える用意があります」
「…………我々?」
 コーヒーを飲む手を思わず止めたドミトリアス。
 やはりインスタントよりずっと美味しいな、などと思っていた思考はフィエルスの発した言葉に埋もれた単語に敏感なまでに反応した。
「言葉のあやです」
 だが疑問を露わにしたドミトリアスに、サラッと誤魔化すフィエルスの手際の良さ。
 嘘を付くことに全くの罪悪感を感じない、数少ない人間の一人のようだ。
「とにかく!」
 そして更には深く考えられないように新たな話題を出すところがフィエルスらしい。
 ある意味誰よりもドミトリアスの性格を知っている人物だ。
「先輩にはなんとしても理事長の座を……」
「その話は二度とするなと言ったはずだぞ、フィエルス」
「いつ?」
「………今だ」
 言葉に詰まりながらも、恥ずかしさを隠すように厳つい顔でそう言ったドミトリアスに、フィエルスがクスッと笑った。
「無理ですよ」
「なんだと」
「だって……」
 言いながら、フィエルスがスッと手を伸ばしてきた。顎をやんわりと掴まれる。
 間近に迫った瞳が、自虐的な色に染まっていることに気付いたのはその時。
「私は先輩に惚れてるんですから」
「な、…んだ……と」
 おかしい。
 巧く言葉が紡げない、もどかしいまでの唇に身の危険を察したのはすぐ。
 コーヒーか。
 手にしたカップをすぐさま床に叩きつけ、だが立ち上がったところで突如膝の力が抜けた。年代物のイスにひっくり返る形で座り込む。
「フィエルス…お前、なに……」
「即効性の薬ですよ。大丈夫、正規のルートで手に入れたものですから」
「そういう、問題…じゃ……」
「あまり動かない方が良いですよ。ますます薬の回りが早くなりますから」
 先輩が悪いんですよ、とおかしそうに言うフィエルスが、そっと唇に触れてきた。
 やめろ、とばかりに首を激しく振ろうとしても、思ったように力が入らず結局ゆるゆると頼りなく振っただけだった。
 その仕草がよけいにフィエルスの気持ちを煽る。
「先輩…なんでそう、可愛いんですか……」
「ば、かか…他のせ、んせい……が」
 薬の副作用からか。朦朧とする頭で必死に状況を分析しようとするドミトリアスに、フッと余裕の笑みを送るフィエルスが、ドアに近づいて後ろ手に鍵を掛けた。
 嬉しそうに笑う。
 すごく、嬉しそうに笑った。
「ほら」
 両手を広げた。顔には満面の笑み。
「これで誰も入ってこれない」
 ここはもう私とあなたの楽園だ、とうっとりと呟くフィエルス。
 次いでクスクスと肩を震わせ、笑いはじめる。
 ドミトリアスは初めて、彼が怖いと思った。というか、こいつはヤバいといい加減本能で悟ったらしい。
「どうしました?そんな怯えた顔をして」
 近づいたフィエルスが、再び頬に手を添える。
 ねっとりと、舌が這った。
「…………ッ!」
「鳥肌なんて立てないで下さいよ」
 あなたに似合わない、と囁いた声が耳元をくすぐる。
 やめろ、と言いかけた唇を今度は完全に塞がれた。
「ん、…フィエ……ス、」
 ゆるゆると振りかぶる頭で抵抗をしてみても、結局は無駄に体力を使うだけだ。
 今は床に踏ん張った足の感覚すら危うい。
 おまけに目の前には昔年の思いを遂げようと、興奮した男が一人。唯一の出口でもあるドアには鍵が掛かって、外界とを結ぶ窓はあまりに小さすぎた。
「く、そ……」
 フィエルスの手がゆっくりとシャツのボタンに伸びてくる。
 身動き取れない身体はさぞかし物足りないだろう、とつい皮肉な笑みすら浮かんで来るが、その表情にフィエルスは気付かない。
「ああ、やっぱり思った通りだ」
 露わになった肌に頬を当て、うっとりと呟くフィエルスが早速直に胸板に舌を這わせ始めた。
「……ッ…ぅ…」
「次期理事長になると、どうして言ってくれないんです」
「な、にを……」
「そうすれば私だって、こんな酷いことはしなかった」
 言い訳がましく言葉を続けるフィエルスに、思わず胃の中がカッとなったがすぐさま乳首に触れた舌の感触にうっと呻いた。
 先を尖らし、ゆっくりとねぶるように突起の先端を舐める。
 だが粘液質独特の音と同時に、なんとも言えないもどかしい気持ちがせり上がってくるのをどうしても押さえられない。
「…ふ…ぅ……あっ、」
 軽く噛まれたところで思わず声が出た。
 唇を覆おうと口元にやった手を容赦なく掴まれる。
「ダメですよ……声、聞かせて下さい」
「馬鹿、か…手、はなせ……」
「イヤです」
 思った以上にはっきりとした口調が彼の意志の強さを表してるようで、ドミトリアスは呑まれたように黙った。
 だが、だからといって押し寄せる快感が収まったわけではない。
「んっ…く、ぁ……」
 断続的に続く喘ぎ声は、一度許してしまえばあとは堪えることできずに何度でも挙げてしまう。
 だがそれを恥ずかしいと思う理性は、薬の影響からか、とっくの昔に手放してしまったようだ。
 右の乳首を丁寧に舐められ、左の乳首はドミトリアスの腕を捕まえた手を器用に使って擦るように刺激を与える。
 その一つ一つに、身体が恥ずかしいまでに反応してしまうのは薬のせいだと思いたかった。
「先輩、先輩……」
 うわごとのように呟くフィエルス。
 その息づかいにつられたように、ドミトリアスの下肢も次第に反応を見せ始める。
 だが甘噛みされ、時に舐められ。
 様々な形で刺激を与えられながらもあと少しと言うところで刺激が足りない。
 そのもどかしさに、たまらずドミトリアスが声を挙げた。
「フィ、エルス…いい加減…やる、なら…やれ」
 だが言った途端、それまでドミトリアスの胸に必死に頭を埋めていたフィエルスがガクッと倒れた。
 慌ててその身体を支えれば、なんと鼻血を出した彼が白目をむいている。
「……おい、フィエルス!フィエルス!」
 こんなところで放るな、と言いそうになった口を一旦閉じ、ゴホンとひとつ咳をしたあと改めて失神した後輩の頬を何度か叩いた。
 だがどうやっても反応が返ってこない。
 一応脈と呼吸を確かめてみると、ひとまず生きているということだけはわかった。
「くそ…人をその気にさせるだけしといて……」
 ホッとした途端思わず本音が出た。
 ちくしょう、とばかりに乱れた前あわせを整え、床にまかれたコーヒーを見て深いため息を付いた。
「誰が片づけるんだ、これは」
 かくして、濡れ雑巾とバケツを持ったドミトリアスは、それから三十分ほどばかり準備室の掃除に取りかかったのだった。
 当然その間、フィエルスは廊下に放り出される。
 その後彼が風邪を引いたという話は、それからしばらく経ってからのことだった。


 

 

寸止めも時に必要。
おかげで現在ドミトリアスは悶々とした思いを抱えている違いない。
というわけで、放出されるフェロモンもいつもの倍。
周りで息を潜め様子を見守る輩も皆一様に生唾を飲み込むほどだ。
とはいえ、基本的に本人に自覚がないので、こうなると襲った者勝ち。

 

次なる場所は……


数学準備室 早退