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『禁じ手』
放課後、生徒の数もまばらになった校内を足取りも重く歩く。
目的の場所は職員室からほど近い教頭室だが、なるべく時間を掛けて遠回りをしながら向かう自分の往生際の悪さに苦笑しつつもやっと辿り着いた扉の前で大きく深呼吸をした。
堅く握りしめた拳でドアをノックする。
誰何の声に、ドミトリアスです、と答えれば、入ってこい、との返事がすぐ。
「失礼します」
45度の礼をして足を踏み入れてみれば、複数の声が出迎えた。訝しげに顔を上げ、次の瞬間血の気が引く音を自覚する。
「良く来たね」
鷹揚に両手を広げて出迎えたのは生活指導を担当する東公。部屋の中央に設置された応接セットのソファーに座った学年主任の南公が静かにコーヒーをすすり、その隣で足を組んだまま厳しい眼差しを向けるPTA会長の北公。
そしてそんな彼らの最奥に設置された教頭机にどんと腰を据えたまま、組んだ指に顎を乗せた状態で小さく笑うのは呼び出した張本人の教頭、西公だ。
「……ご用件は」
「まぁそう急かずとも良いでしょう」
固い声を発したドミトリアスに、笑いを含んだ声を投げかける西公。
だが本能的にこの状況が決して自分に好意的でないことを察したドミトリアスに、その言葉は無意味だった。
部屋に入って以来握り通しの拳がじっとりと汗で濡れている。
「教頭先生からの呼び出しだと思っていたものですから」
なんとか無表情を決め、ぐるりと室内を占める四人を見回せばどれもにやにやと意味深な笑みを浮かべたまま。
不愉快とも焦りとも言える想いがドミトリアスの中でじわじわと広がっていく。
早くこの場を去りたいのに、だがそれを許される状況ではないことを悟っていた。
「まさか四公が全てお揃いになるとは…なにか問題が?」
これまでの四公と自分との対立を考えれば当然の疑問だ。
特に今日はそれでなくてもミューカレウスの教室を自主休講にしたり、コルドとのやり取りを見られている。普段から次期理事長候補として目障りな自分をいたぶるのには十分すぎる理由だった。
だが返ってきたのは四人の忍び笑いで、代表した北公がゆっくりと口を開いた。
PTA会長を務める彼はアルゼウスの祖父だ。当然孫を理事長にしたい彼は、それこそ西公同様ドミトリアスをなんとかして陥れようと日々画策している。
その彼から声を掛けられ、緊張しないわけがない。
「別にそういうわけではないんですよ」
穏やかな顔。だが騙されるなと本能が言っていた。
「ただね……」
笑った声、顔。その全てが作り物のようで、ドミトリアスはキュッと下唇を噛みしめた。
助けてくれるはずがないとわかっていても、答えを求めるように上座の西公を見つめる。だがあるのはただしたり顔の笑みだけで。
不安は否が応でも高まった。
「最近のあなたの行動が目に余るという意見が皆さん一致したと、そういうわけです」
「………よくわかりません」
答えた途端、ソファーでコーヒーをすすっていた南公が吹き出すように笑う。
なにがおかしいんだとばかりに睨み付ければ、肩をすくめてそしらぬ顔。
ゴホン、とすぐ側で咳をする東公に目をやればこちらも同じように笑いを堪えた表情で天井を見据えている。
「説明していただけませんでしょうか」
「まぁ、率直に言いますとね」
含み笑いの返答。北公の顔が微かに下卑て見えるのはたぶん自意識過剰ではなく、本能的なものだ。
じっと耳を澄ませて続く言葉を待つ。
ひやりと背中を伝ったのが冷や汗かどうか、たしかめる余裕もない。
「あなたを抱いてみようじゃないかという話になったんですよ」
「…………は?」
目が点になるとはこういう状態かと、妙なところで感心しながらドミトリアスは目の前の北公を凝視した。
今彼はなんと言っただろう。
聞き間違え出なければ自分を抱こうと…それもきっと意味合いとしては大人が子供を抱きかかえるといったものではなく、男女間で成立するそれとして使われていたように思えるが。
「あの…俺は男、ですけど……」
「女には見えないね」
「それで抱くって言うのは…どういう意味と経緯でそんなことに……」
しどろもどろに答える。
今日は何度も押し倒され掛けたが、さすがに直接面と向かって口説かれたのは初めてだった。それも四人同時に。
だが本当の問題は自分を求める相手が男で、しかも全員妻子持ちということだが、当然の如くドミトリアスはそのことに気付いていない。いい加減鈍感さで身を滅ぼしても良い頃だった。
「意味も経緯もないだろう」
それまで黙っていた西公が口を開く。組んでいた指を解き、指さした先はドミトリアスの下半身。
「私達が君を抱きたい。それだけだ」
十分じゃないかと言いたげな口振りでそれだけを言うと、軽く指を鳴らして他の三人を促した。ソファーを立った二人が近づき、呆然と立ちつくすドミトリアスの腕を取る。
あれよあれよという間にソファーに横にされ、チクッとした痛みに右腕を見てみれば、いつの間にかまくり上げられた袖からむき出しになった腕に注射器が刺さっている。
「な、なに…する……」
言いかけた言葉が痺れる唇に阻まれて巧く発することができない。
どうして、と思ったところで目前に迫った東公がにやりと笑った。
「即効性の痺れ薬だ」
当分動かない、と満足そうに笑う彼は生活指導の教師としてこれまで数多くの生徒を更生してきた。
だがその影で彼がかなり妖しい手段を取っているという噂もあった。
薬を使ってたのか…ドミトリアスは痺れのせいでぼんやりし出した頭でそれだけを考える。妙な浮遊感に襲われるが、気分は悪くなかった。
伸びてきた手がゆっくりとズボンをはぎ取る。
露わになった下半身が外気に触れてブルッと震えた。その反応に三人は、ほほぅ…、と嬉しそうな声を挙げる。
くそったれ、と内心毒づきながらも、だがピクリとも自分で動かせない身体にどうしようもない悔しさを感じずにはいられない。
思わず浮かんだ涙がツー…と頬を伝った。
「おや……」
笑いを含んだ声が無理矢理開かせた足の間をじっくりと眺めたあと、驚いたようにあがった。どれどれと他の二人も近づき、その部分を舐めるように見つめた。
やめろと言いたいのに痺れた唇はただ言葉にならない唸り声をあげるだけで、それがまた四公を喜ばせる。
「いつの間にこんな所に傷を作ったんです」
声は北公のものだ。
だが言われた傷に思い当たる節はない。そこをいじられたことは、誓って言うが皆無だ。
だからなんとかして首を振って見せた。いや、振ると言うよりはむしろよじったと言った方がぴったりくるような、ぎこちない動きで。
「いけませんね、これは薬をつけておかないとあとあと困りますよ」
わざとらしいほど丁寧な口調。
いつもは人を見下したような物言いでしか話さない連中が、こんな時ばかり腰を低くしてくる。半分以上が演技だとわかっているだけに、よけい腹が立った。
「…や、め……ぃ…」
喉を振り絞る。やっと出た声は、だが秘部に触れた指先の感触で思わず上擦った。
周囲でクスクスと忍び笑う声。
すぐに離れた指先が、だが今度はねっとりとした感触を持って再び触れてきた。
「な、…に……」
「軟膏ですよ。いきなりではお互い辛いでしょう」
「おや、治療だと言ったのはどこの誰でしたかな」
「さぁ…誰だったろうね」
ドミトリアスの足を方々から押さえつけ、これから起こる出来事を嬉々として見守る四公。
全てがまるで夢のようで、ドミトリアスはぼんやりと天井を眺めていた。
抵抗する気は既に放棄している。薬まで使われて、どうしろと言うのか。
「私がしよう」
だがそれまで机に座り、一部始終を傍観していた西公の声がすぐ頭上でした。どろりと濁る瞳を向ければ、にやついた他の四公とは対照的に厳しい顔。
その声に従うように、ドミトリアスの開いた足の間を占領していた北公がスッと横によけた。
「薬を」
促す彼の指先に軟膏がたっぷりと乗せられる。
ドミトリアスを見下ろす西公。その彼と目が合えば、一瞬目を細めた目尻に皺があることを見つけた。
「や………」
情けないとわかっていても、緩く首を振って拒否の声を出す。
聞き入れてくれるはずがないと承知で。だが言わずにはいられなかった。
「たの、…む……ら……」
だがその指先が容赦なく秘穴の外周をねっとりと撫で、脂っこい軟膏がにちゃ…と嫌な音を立てる。
「ぁ…、つ……」
大きく開いた足の間、身体を滑り込ませた西公がゆっくりとソコに薬を塗る。次いでプツ…と指先をその場所に軽く埋め、先端だけの出し入れを試みた。
「ぁ、あ…ん……や、…ぃ…」
「私は言いましたね」
上擦った声に混じって、初めて西公が唇を開く。
うっすらと目を開ければ、周囲のとろけそうな眼差しの連中とは逆に相変わらず厳しい面もちの西公が目の前。その表情から彼の心境を読むことは不可能だった。
くちゅくちゅ…と指が出し入れされる度に鳴る音が恥ずかしくて、同時にわき起こるもどかしいまでの快楽に流されそうで、ドミトリアスはうっすらと開いた唇から小さく掠れるような声で、なにが、と言ったきり西公を見つめた。
「西公の」
だがすぐ側で息を荒くした東公の声があがった。
その目が早くしろと言っているのを認め、西公はあえて口を閉じた。続く言葉を切望していたドミトリアスが、その瞬間全てを諦めたように身体全体の力を抜く。
「……い、た…」
グッと指を根本まで入れられて、思わず引いた腰を第三者の手が押さえつけた。やめろと言いたい唇が痺れすぎて震える。悔し涙はもう幾筋もの川を頬に作っていた。
無表情に、だが内部をかき回す指先はあくまで優しく、西公はじわじわとドミトリアスを追いつめる。
同時にゆっくりと鎌首をあげた下半身を認め、誰かが大きく喉を鳴らすのが聞こえた。
「……舐めても?」
側で北公の声がした。はぁはぁと荒い息が妙に笑える。
小さく笑ったドミトリアスをどう思ったのか、少しの沈黙が訪れて、だがすぐさま抑揚のない声が、勝手にしろ、と答えた。
それが西公のものだと気付いたときには、ソコを這った舌の感触に大きく腰を反っていた。
「あっ…ぁ、ぁ……つ…」
「ほ…生きがいい……」
満足そうに笑った北公の息が吹き掛かる。それすら微妙な刺激としてドミトリアスを喘がせた。
前と後ろをいじられ、既になにがなんだかわからない状態。
涙で潤んだ瞳をそれでも目の前の西公に向ければ、せわしなく指を動かし続ける男が一瞬だけ目を細め、それから空いてる手を伸ばしてそんなドミトリアスの頬を撫でた。
「そんな顔をするな」
「ばか、…か……」
こんな状況で、他にどんな顔をしろというのか。
あまりの馬鹿馬鹿しさにそう答えていた。
だがその声もすぐさま、ソコを舐め回す北公の舌に翻弄されまともな声を発せなくなる。それを認めて小さく鼻を鳴らした西公がスイ…と視線を逸らした。
内部に埋め込まれた指が、その瞬間それまでとは全く違った動きをする。
激しく動きながらも、だが的確に前立腺を刺激してあがらい様のない快感を与えた。同時に驚くほど勃ち上がったソコの反応に北公が嬉しそうな声をあげる。
「ぁ、ぁ……っ…!」
溜まらず果てた。
西公にいじられたからか、はたまた北公になぶられたからかはわからないが、とにかく果てた。
「はぁ…はぁ……」
吐き出した液体は北公の喉奥に飲み込まれ、一瞬エビ反りになった身体はすぐさまソファーへと舞い戻った。
その様子にクスクスと笑う東と南の声。
だがその彼らが近づき、本格的にドミトリアスのシャツのボタンを外そうと腕を伸ばしたところで制止の声があがった。
「そこまでして良いと誰が言った」
ぼんやりとした頭で声の主を確かめれば、ゆっくりとドミトリアスの秘部をハンカチで拭っている西公がじろりと目線だけを二人にやっている。
その迫力に思わず後ずさった東と西は、だがすぐさま居直ったように声を荒げた。
「お前達だけ楽しむという手はないだろう?」
「私達は傍観で済ませと言うのか?」
だが返ってきた声は冷ややかなもの。
ドミトリアスの意識すら覚醒するほどの冷たさだった。
「そうしてもらおうか」
「なっ…」
サッと頬に朱が走った南が思わず西公に詰め寄る。
だがその頬を軽く叩き、西公は更に言葉を続けた。
「これ以上のことをして問題になりたいなら、好きにしろ」
グッと言葉に詰まる二人。たしかにこの状況が外部にばれたら免職どころの話ではない。下手したら二度と表に顔を出して歩けなくなるのは馬鹿でもわかる。
わかっただろう、とばかりに視線をやる西公に、悔しそうな顔をしつつも従わずにはいられない二人が俯いた。
「あとは私がしよう」
四公といる間だけしっかりとしたものになる口調。
否の声を聞き入れないといった様子に大人しく三人が部屋をあとにする。静かに閉じた扉を認めたところで一つ息を吐いて西公がゆっくりとドミトリアスの腕を取る。
「や、だ……」
その手に光る注射器を認め、再び恐怖で顔を歪ませたドミトリアス。
これ以上の薬物を注入されることはどうしても避けたかった。
だが身じろぐドミトリアスを押さえつけ、耳元で囁く西公の声はあくまで冷ややか。大人しくしろと続いた言葉が耳を打った。
「解毒剤だ」
「ぁ…や……」
ツプ…と針先が肌を刺す。じわじわと注がれた液体がゆっくり身体を巡回する感触を味わう。唇を襲った痺れた取れた。次いで腕の感触も元通りになる。
「あ…っ……」
やっと思い通りに出た声にしばし放心すれば、着乱れた服を丁寧に直す西公が小さく笑った。皮肉やからかいを含まない、心からの笑い。
意外な一面に驚きを隠せないままゆっくりと上半身を起こし、この状況を作り上げた張本人を睨み付ける。
「どういう…つもりなんです……」
「つもり?」
大げさに肩をすくめる。
その横っ面を張り飛ばしてやりたいが、微かに残った痺れが邪魔をしてそれすら叶わない。
おまけに薬の副作用からか、今更のように気持ちが悪くなりつつある。
そんなドミトリアスを認め、心底呆れたように見下ろした西公が微かに乱れた前髪をかきあげた。
「理由がいるんですか」
「当たり、前…です!」
痺れを残した舌を駆使して怒鳴ったドミトリアスだが、すぐさま伸びてきた手にビクッと身体を震わせる。
だが予想に反して髪についた綿くずを取り除いただけで離れた指先に、耳まで赤くなるのを感じた。期待していたのではなく、恐怖からだと思いたいが、彼を相手に自分が怖がっているのだと認めるのもまた屈辱だったからだ。
離れていった指先を見つめ、キッと相手を睨み付ければ口端だけを曲げる笑みを返す西公がゆっくりと背を向けた。
そのままドアへと近づく。
「まぁ、理由は追々……時間はたっぷりあるでしょう?」
ヒラヒラと肩越しに手を振りつつ、意味深な視線を投げられた。
渋れた身体をなんとか鼓舞してドミトリアスは手近に置かれた灰皿を取り上げる。気配を察した西公が慌てて扉の向こうに消えた。次の瞬間ドアにブチ当たった灰皿が見事に砕け散る。
「あの…クソ爺が……!」
無理な動きが祟ってか、はぁはぁと荒い息を何度も繰り返す。
じわりと浮き上がった涙をなんとか堪え、立ち上がる。
だがあの状況で最後までやられなかったことの方が奇跡だと、彼はわかっていない。
テーブルの上に散った小さな液体を認め大きく肩を落とし、部屋をあとにする。
換気するのを忘れたと後悔したのはそれからすぐだが、今更引き返してする気も起きずわざと気付かない振りをした。
だがその匂いをその後しばらく西公が楽しんでいたという事実を彼は知らない。
いや、知らない方が良いだろう。
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