『熱血☆淑女への道Written by Takumi


 初夏のボルネオ基地。
 いつもなら下士官達の号令や、鳴りやまない爆音などで騒がしいここも、今日だけは一風変わった騒々しさで包まれていた。
 人垣のできた広場。
 タキシードに身を包んだ男が咳払いと共に大きく息を吸う。
 盛大に花火がうち上がった。

「第16回、女装コンテストinボルネオーッ!!」
 花火の余韻が終わるのを待たずに、司会者の大声がマイクを通して会場に響きわたった。
 それと同時に集まった人だかりが、おおー!、と声をあげる。
  どう見てもお祭り騒ぎのソレに、だが今日ばかりは誰も注意の声を出さない。
 その理由は………
「さぁ、今年もやってきまいりました!基地内一の美女を決める『ザ・淑女!』ですが、この企画も今回でなんと16回目!」
 良く通る司会者の声が軽快に人々をひきつける。
 そう、今日は数少ない基地内のオフデーなのだった。
 そして16年前から冗談と共にはじまり、今では恒例となったこのイベントがこの日の目玉企画だったりするのだ。
「前置きはさておき、まずは出場者にステージに上がってもらいましょう!今年の出場者はこの4人だーッ!!」
 司会者がステージの下手を指さすと、戦闘服に身を包んだどう見ても「男」の面々が4人、やる気のなさそうに出てきた。
 いや、内一人は大変ウキウキしているが………。
「さーて、まずはナンバー1。去年の覇者、アレクサンドル・エイゼン!去年は化粧からパンプスまでと完璧なまでの女装で見事優勝。その彼が今年も出場するとあって早くも優勝候補に数えられてますが、本人の意気込みなんかはどうなんでしょうか?」
 マイクを向けられ、エイゼンはチッチッチッと唇の前で人差し指を振ってみせると、
「今年も優勝は俺に決まってるでしょ。あんまり愚問なこと聞いちゃうと、今度の練習中に誤ったと見せかけて狙撃しちゃうよ♪」
 冗談とも本気ともとれる言葉で司会者を黙らせた。
 そんな彼に、会場から黄色い声援がいくつも飛ぶ。
 その一つ一つにいちいち投げキスで応えるエイゼンに、これ以上のインタビューを諦め、司会者は次の参加者にマイクを向けることにした。
「2番手はラファエル君だね。出場は今回が初めてみたいだけど、どうして出ようと思ったんだい?」
 ガチガチに緊張している、ナンバー2のプレートを胸につけたラファエルを気遣って口調をやわらげた司会者だが、
「お、俺はイヤだって言ったんだけどッ、エイゼンのバカが出るって言うから……」
「ラファエル君、マイクは持たなくていいから」
 そのあまりの緊張ぶりについつい苦笑してしまう。
 基地内で見る彼はいつも天真爛漫としているのに、やはりこんな場に持ち上げられて必要以上に気が張っているのだろう。
「優勝したら好きなもの奢ってあげるよ」
 だからそっと彼に耳打ちをしてやった。
「ほんとか!?好きなものって、ほんとになんでも!?」
 案の定、目をキラキラと輝かせたラファエルが、ここがステージであることも忘れて嬉しそうに聞いてきた。
「そのかわり、優勝したらだけどね」
「その言葉、忘れんなよ!」
 こそこそっとマイクの通らないところでの契約は絶大の効果をもたらした。
「じゃあラファエル君の意気込みはどうかな?」
「なにがなんでも優勝!そんでエイゼンのバカに俺のすごさをわからせてやるぜ!」
 ガッツポーズで答えるラファエルの横で、女装で勝ってもねぇ、とエイゼンが苦笑したが、あいにくと本人の耳にはまったく届いていない。
 先ほどとはうって変わってやる気満々のラファエルに満足して、司会者は三人目の出場者にマイクを向けた。
「三番手はシドー・アキラ君、今回唯一の東洋人だけど、このオリエンタルな雰囲気が意外とセクシーだともっぱらの噂です」
 前もって調査した結果を告げると、
「………………」
 無言でじろっと睨まれた。
 思わずひるんでしまいそうになった司会者だが、そのへんはプロである。
 ごほん、と咳払い一つで態勢を整え再びマイクを向ける。
「ちなみに趣味はなんですか?」
「読書と、裁縫です」
「…………………」
 今度は司会者が黙ってしまった。
 治安部隊においてこんな趣味を持っている奴は珍しい。おかげでどうコメントしていいのかわからず、早々に隣の参加者にマイクを移動した。
「さて、最後になったけど四番手はクルゼル君。そのままでも充分女の子みたいだけど、そのへんは自分でどう思ってる?」
 マイクを向けられた少年はビクッと身体を震わせ、
「ぼ、僕は……たしかに歌うことくらいしか能がないですけど……心は男です」
 か細い声でなんとも矛盾する答えを呟いた。
 かつがつマイクが音を拾う程度の音量のため、会場からは少々のヤジが飛ぶがそのへんはすべて無視である。
 司会者はそんなクルゼルにニコッと微笑み、
「じゃあ今日はその中性的な雰囲気を全面的に出せるといいね」
 緊張をほぐす言葉を伝え、ついでにクルゼルの肩をポンポンッと軽く叩いた。
 小さく笑ったクルゼルを認め、再び会場へと向き直る。
「さて、以上が今年の淑女候補ですが、ここでルールを説明します。投票者はもちろん、例年通り皆さんにあります。お手元のボタンで気に入った参加者の番号を押して下されば、それが本部に伝わり集計できる仕組みになってます。その審査の基準ですが、今年は去年と違い、外見的なものではなく、内面的な淑女を優勝者とします」
 司会者の言葉に会場がざわめく。
 内面的な淑女ってなにが基準なんだ?ともっともな質問がそこかしこで飛びだす。
 ざわめく会場に司会者が、静粛に、と手をあげる。
 静かになった会場で、ごほん、ともったいぶった咳をしてから、
「今回のルールのために特別に火星からゲストをお招きしました」
 スッと手を下手に向けると声高に宣言した。
「ミズ・アンゲリカ・アフォルターです!!」
 をを!!というざわめきが、再び静かになった会場に押し寄せる。
 カーテンが開き、アンゲリカが姿を現したとき、それは最高潮になった。
「皆さんもご存じのように、ミズ・アンゲリカはかの火星は元首の奥方であり、BBの頂点アフォルター家直系のお方!彼女以上に淑女を熟知している人はいないでしょう!!」
 大げさなまでの司会者の言葉にうまく乗せられ、人々は歓声を上げる。
「ではミズ・アンゲリカ、淑女の定義とはなんでしょう?」
 向けられたマイクに艶やかな唇を近づけ、アンゲリカは会場を見渡した。
「いかにしたたかに男をくわえ込んでいくか、ということですね」
 しー…んと会場が静まったのは言うまでもない。
 とはいえ、優秀な司会者はプログラム通りにイベントを始める宣言をしたのであった。
「それでは、ザ・淑女を開催しますッ!!」

「第一問、もしあなたが女性であるなら寝るときの格好はどうしますか?」
 メモに書かれた質問を読み上げながら、司会者がマイクをエイゼンに向ける。
「寝るとき?決まってるでしょ。裸よ、は・だ・か♪」
 おおー!となぜか男達から歓喜の声があたる。
 そんな彼らにエイゼンはくねくねと身体をくねらせてセクシーさをアピールする。
「当然そのままなだれ込むんだけどね♪」
 そのあとの余計な一言も忘れないところが彼らしいというところだろう。
 とはいえ、既に女装を済ませたエイゼンはかなりごっつい女性と化していたので、その台詞は決して心底ありがたいとは言えない。
 今年の彼は軽いウェーブの掛かったプラチナブロンドのかつらをつけ、セクシーさをアピールと言うことでピチピチのレザースーツを着ていた。その胸板が男にしては膨らんでいることを見ると、おそらく詰め物をしているのだろう。相変わらず芸の細かい男である。
 とはいえ、化粧は完璧なのでそれなりに見れる代物に出来上がっているのもたしかだ。
 会場のあちこちからも野太い声援が投げられ、観客自身もかなり楽しんでいるようだった。
「では次にラファエル君ですが、どうですか?」
「お、俺?えっと……別に、トレーナー上下でいいと思うけど……」
 戸惑いがちに答えたラファエルに、一気に会場からブーイングが飛ぶ。
 たしかに寝るときにトレーナー上下、それも毛玉付きの女と一緒に寝るのはあまり嬉しくない。
 司会者も微苦笑を浮かべ、そっと彼が着ているワンピースの裾をちらりと持ち上げた。
 少年特有のしなやかな足が股のあたりまで露わになる。
 その様子にゴクリと会場が生唾を飲んだかどうかは謎である。
「ところで、今日はまた可愛い格好だね。誰が着せてくれたの?」
「…………ティナ。すっげー楽しんでた」
「ああ、現在リグ中尉と結婚されて新婚真っ最中のティナ・リグさん?今日は会場に来てるの?」
「たぶん……あ、お腹鳴った」
「………………あとでね」
 ぐぅぅ〜〜、とマイクを通すほどの大きな音がしたため、会場はどっと笑いに包まれる。
 今回のラファエルはサラサラの長髪かつらに、フリルの多く使われたピンクのワンピース着用だ。元々痩せた身体の持ち主であるため、隣に並んだエイゼンに比べてずっと女らしく見えるのも事実。
 あとはそれに発言内容がついていけばおそらく完璧だろう。
 司会者はやや惜しい気持ちを抱えながらも、次に並んだ不可思議な雰囲気を醸し出している東洋人にマイクを向けた。
「えっと……シドー君はまた今回すごく独特な格好してるけど……寝るときはどう?」
 司会者の笑顔とは正反対に、無表情なシドーの格好は着物だ。
 当然見慣れぬ衣装に、会場の目も興味津々といったところだろう。
 おまけに彼がかつらもそれ専用の、結い上げたタイプのものをかぶっているため彼があのシドーだとはなかなか気づけない。
 紅をはいた赤い艶やかな唇がマイクを向けられ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「長襦袢」
「…………は?それってどんなの?」
 司会者の当然とも思える質問に、シドーはイヤな顔1つせず言葉を続けた。
「着物専用の下着です。ちなみに日本では着物を脱がすときは帯を強引に引っ張って相手を回転させ、脱がされる相手はそれに合わせて「あれ〜」と言うのがしきたりになってます」
「えっと、つまりはエイゼンの解答東洋編ってこと?」
「下着といっても布一枚で、おまけに手を入れる隙間もあるからたぶんこちらのほうが色気はあると思います」
 言いながら、自らの裾をちらりとめくる。

 

「うがっ……!」
 渾身の力を込めたところで、なんとかベルトが引きちぎられる。
 とてもこれ以上見る気になれない。
 俺は目にしみこんだシドーのナマ足を忘れるかのように、出てきた扉を無理矢理こじ開けた。

 

途中退場