『抱擁編』−いつ何時も愛が全てを解決すると理解する人々よ、ありがとう−
「ああ、マイ・スィートハニー。どうしてこんなに傷ついてしまったんだ」
「なっ…なにやってんだ、パードレ!?」
突然目の前で起きた出来事に、俺は言葉もなく立ちつくした。
それまでシドーに似ていると思っていたパードレが、いきなりピロシキを抱きしめて睦言を吐き出したのだ。
それも無表情のままで。
対するピロシキもこれには驚いたらしく、睦言に耳を貸す前にどうにかしてその腕から離れようと必死でもがいている。
ひとまず2人とも美形の類に入るので、目に毒という光景ではないが。
やはりピロシキに頬をすり寄せるパードレなんてものは同僚達も見慣れないのか。
呆気にとられた様子でそんな2人を遠巻きにしている人々が言葉泣く突っ立っている。
だがそんな彼らの視線をものともせずに、パードレは更に言葉を続けた。
「お前の珠のような肌に傷がついて痕でも残ったらどうする気だ。それを思うと俺は心配で心配で夜も眠れない」
「いっ…いい加減にしろって!気持ち悪いんだよ!!」
「そんなつれないことを言う唇も愛らしくてたまらないと思うこれはまさに恋。ああ神よ、こんな俺を許したまえ」
「おい!そこの新人、助けろ!」
血走らせた目で俺を捕らえたピロシキが泡をとばさんばかりに怒鳴る。
さすがに気の毒だ。
俺だって、シドーに同じことされたらきっと気持ち悪さで鳥肌立つし。
想像したところで本当に鳥肌が立ってしまった。
シドーが嫌いなわけではないが、そういう対象としてはすこぶる無理があるのだ。
「待ってろよ」
まるで自分を助けるかのような心境になったところで2人に近づく。あと少しで腕が届きそうなところまで近づいたところで、不意に後ろから引き留められた。
「なっ……」
「いいからいいから♪」
驚いて振り向くと、嬉しそうに破顔した少年が目の前。
歳はきっとそう離れてない。
「でもあれ……」
「いいんだよ。あれ、罰ゲームだから」
「罰ゲーム?」
「そ。さっきカードで勝負しててさ、負けた方が勝った方の言うこときくってやつやったんだよ。で、パードレが負けたわけ」
くくくく、と堪えきれない笑いを発するところをみると、よほど勝ったことが嬉しいのだろう。
でもきっと俺もエイゼンに勝ったらこんな顔してる。
勝ち誇ったみたいに高笑いの一つでもして、掛け金をもらう代わりに一つだけでも言うことを聞いてもらうんだ。
そう思うと目の前の少年にグッと親近感が湧いた
掴まれた腕を離して、改めて握手を求める。
「俺、ラファエルってんだ。よろしくな」
「おう、俺はリックだ。この基地のbPエースなんだぜ!」
言ったところでゴンッと聞いただけでも痛そうな音がした。
「ってぇぇ〜〜!ロード、テメーいきなりなにすんだッ!」
「いつお前がbPエースになったんだ、このヒヨコ野郎」
「へっ……瀕死のお前を助けてやったときからだよ!」
「ああ、お前が失禁したときか」
「そっ…そんな昔のこと今さら蒸し返すんじゃねーッ!」
いきなり目の前でバトルを始めるのは、見慣れた漆黒の髪と瞳を持つ美丈夫だ。
しかもその間もしっかりパードレは罰ゲームを続けている。
「いいなぁ」
こういう雰囲気も。
呟いたところで、ぼんやりとそんな風景がにじみ出す。
喧噪が次第に遠のき、変わって現れたのはこんなシーンを見るきっかけともなった重厚な作りの扉。
「俺もまた、みんなで騒げたらいいんだけど」
苦笑を浮かべ、そのノブに手を伸ばす。
つかの間の出会いを果たした飛行機野郎達にまた会えることを願いながら。