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『ヘアーチェック』
「それはまた災難でしたね」
クスクスと笑いながら器用にコーヒー豆を煎るのは、義弟のイレシオン。
家庭科の教師でもある彼は今も愛用のエプロンを付けたまま、慣れた様子でしみじみと語られる兄の愚痴を聞いていた。
柔らかな物腰、絶えることのない微笑で生徒を虜にしている彼は、ドミトリアスとはまた違った意味での人気者だった。
「本当にそう思ってるのか?」
あまりに穏やかに返されたことで、多少訝しげな声をあげたドミトリアスは座ったイスをギシギシと軋らせた。
生徒のいない家庭科室は、ズラリと並んだ調理器具が妙に味気なく感じられる。おまけに基本的に料理はしない質なので、これらのものにはほとんど馴染みがないと言って良かった。
「思ってますよ。熱いから気を付けて下さい」
笑いながら、目の前にコーヒーのカップを置くイレシオン。
その拍子にサラッと肩から滑り落ちた漆黒の髪が、危うくコーヒーに浸かりそうになったのをギリギリのところでドミトリアスが掴んだ。
途端、パシッとその手をはたかれる。何事、と思ったときには目が虚ろになったシオンが目の前。
「お…お前もなのか…お前も、私のこの髪が目的なのかッ!」
「は……?ちょ、落ち着け。シオン」
「ヒッ……離せッ!この髪に毎朝何時間費やしてると思ってるんだ!あぁ〜…その汚い手で触るな!手の油がつくっ」
何が起こったのか、わけがわからない。
だが錯乱したイレシオンが突如覆い被さり、その拍子に二人して床へと転がったのをきかっけにますます彼の口調は妖しくなった。
おまけに普段は穏やかな彼の顔が、今はまるで別人のように歪んでいる。
目前でその尋常でない形相の彼を見る羽目になったドミトリアスは、既に呆然を通り越して失神寸前だ。
「イヒヒヒ…お前の髪は赤いなぁ……こっちの毛はどうだぁ?」
「うわっ…馬鹿!シオン、目を覚ませ!!」
ソコに彼の手が伸び、容赦なく握られた途端ドミトリアスはたまらず声を挙げた。
それを聞いてイレシオンがますます妖しく笑みを深める。
ゆっくりと上半身を移動させ、うまくドミトリアスの身体を押さえつけつつもしっかりと彼の下半身を観察した。
「赤いなぁ〜…こっちの毛もしっかり赤い…イヒヒ……」
「つっ…馬鹿、舐め…るな……!」
ねっとりと、ソコを彼の舌が這い回る。
はっきり言って嫌悪と戸惑いしか感じないはずなのに、なぜか身体の方だけは素直に反応してしまうのは今朝からの度重なる事件の数々が原因だろう。
なんだかんだ言って慣らされてしまった。
ドミトリアスがその事実に気付いてないのは今更である。
「いっ……ぁ…」
「……………」
イレシオンの頭が動く度に、彼の髪の毛が肌を撫でていく。
その感触に思わず目をつむってしまいそうになるのをなんとか堪え、ドミトリアスは必死に抵抗を試みた。
だが敵もなかなか手強く、それを阻むように今度は手まで使ってソコを扱きだした。これにはたまらずドミトリアスも動きを止め声を挙げる。
「あっ…ぁ、ん……」
「…………イッて良いですよ」
もう少し、といったところでふとソコから顔を上げたイレシオンが普段通りの穏やかな笑顔を浮かべる。
その顔を見て、なにかを言いかけたドミトリアスだが、
「んっ…く……ッ」
一際激しく扱かれ、おまけに先端なんかを囓られたものだからたまらず果てた。
ぐったりと床に手を伸ばし、胸で大きく息をつく。
「くそ……」
無意識にそんな言葉が出た。
奉仕されて気持ちよくて、第三者から見るとかなりの待遇の良さだが、いかんせん強姦に近いものがあったためドミトリアスの心中は複雑だ。
おまけについ先ほど、自分が義弟二人に散々虐められたことを伝えたばかりだというのに。
またもこんな目に遭うとは……。
つくづく自分の運のなさに泣きたくなったが、これまでのことが運とは全く関係ないところで起こっているなどとは想像もつかないドミトリアスであった。
「すみません……あの、私は一体なにを…」
いじけていたところを、不意に上から覆い被さるように現れたイレシオンの顔に、悲鳴のようなものを挙げてドミトリアスは飛び上がった。
そしてそのまま驚くスピードで教室の端っこまで後退する。所要時間は二秒と掛かっていなかった。
「なっ…なんだ……」
怯えた様子のドミトリアスに、イレシオンは状況を察したのか、深くため息をついてみせる。その様子に、ため息をつきたいのは俺の方だ、とドミトリアスが思ったのは言うまでもない。
だが気怠げに髪の毛をなでつけ、憂いを含んだ瞳を向けてきたイレシオンが発した言葉に思わず目を見開いた。
「またやったんですね……愛のヘアー・チェック」
「………はぁ?」
「実は……」
そうして義弟が話し出した内容に、ドミトリアスは半信半疑に耳を傾けつつも、だが次第にその表情が強張ったものになっていった。
「それ、いつからだ」
「三ヶ月前ぐらいから……最初は普通に家までの帰り道をつけられるだけだったんですけど」
「馬鹿、全然普通じゃないぞ!」
「ええ、そうだと気付いたのはつい一ヶ月前で」
危うく髪を切られそうになりました、と悲しそうに笑むイレシオンはなんとストーカーにつけ狙われていたのだという。
では先ほどの変貌はその後遺症なんだろうか、と馬鹿な考えがまたドミトリアスの頭の中に浮かぶ。まるっきりイレシオンの思惑通りである。
「ですからもし、先ほどなにか兄上に対して失礼なことをしたというなら……許してくださいませんか」
「………ま、まぁ、本人が無意識にやったのなら仕方ないだろ」
渋々と承知する。
嬉しい、と抱きついてきたイレシオンの顔が妖しく笑んでいたのは、生憎とドミトリアスからは見えない。
それからはと言うと。
すぐさま身体を離したイレシオンが兄の乱れた着衣を直してやり、コーヒーを入れ直してから改めて昼休みの穏やかな時間を過ごしたのだった。
だがドミトリアスが去ったあと、胸ポケットから手帳を取り出したイレシオンはとあるページを開いて小さく笑った。
「兄上は……赤毛で右より、と」
鉛筆で素早く走り書き、満足げに再び手帳をポケットに戻す。
知らぬが仏とは、まさにこのことだった。
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