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『旅人は何処へ行く』 Written by Takumi
火星随一の広さを誇るアフォルター邸。
広大な庭に、豪奢な屋敷。
周囲の羨望の的である建物は、だが実際は外見ばかりだということを知る者は少ない。
家族愛など欠片もない冷めた空間。憎悪すら匂う暗い歴史を持つ場所。
それがアフォルター邸の真の姿だ。
そしてある日、1人の少年がその屋敷に足を踏み入れた。
主によく似た青緑の瞳、すらりとした体躯が印象的なアフォルターの後継者、アロイス・アフォルターである。
招かれざる客に、屋敷の空気が微かに振動する。
だがそれに気づく者はあまりに少ない。
「アロイス様、いかがなさいました?」
廊下を詮索していたところで運悪く執事に見つかった。
ばつが悪そうに振り返り、苦笑とも笑みともつかぬ表情で肩をすくめる。
「いや、あの……ちょっと迷子になったみたいで………」
行き場のない手を忙しなく動かしながら、つい言い訳がましい答えになってしまった。
彼が嫌いなわけではない。
むしろ自分を遠巻きにする使用人達の間では、比較的普通に接してくれる数少ないうちの1人だ。
だが未だに慣れぬ屋敷内は、まるで自分が泥棒かなにかになったかのような錯覚を思わせるから。
そんなところを使用人に見つかると、ますます自分がこの家にいるべき存在じゃないと言われたみたいでどうしようもなく居心地が悪いのだ。
「お屋敷は広うございますからね。どちらに行かれる予定で?」
良ければご案内しますが、と言ってくれる彼に慌てて首を振る。
この屋敷に来てもう2週間近くが経つが、その間にいかにこの執事という職業が多忙かということを俺なりに理解できたつもりだったから。
その彼の手をこれ以上煩わせるようなことはしたくなかった。
「いいよ、適当に歩いてるだけだから」
「ですが………」
「なにかあったらこっちから呼ぶって」
ほんの少しの笑顔を見せれば、ホッとした顔を見せて立ち去る執事。
その後ろ姿が廊下の奥に消えたところで俺はホッと溜息をついた。心なしか首を絞めるような感触の襟元を人差し指で緩ませる。
「あ〜あ……」
グッと身体を伸ばし、執事が去った反対方向へと足を向けた。
このまま屋敷を飛び出して地球に帰りたい。キャッスルに会ってその身体を抱きしめたい。
次々と湧き起こる願望を夢見ては、叶わないことに少し痛む胸を抱えた。
「あ、れ……なんだ、ここ」
だが何度目かの突き当たりを右に曲がったところで、見たこともない廊下にでてしまった。
床に敷き詰められた赤い絨毯。果てが見えないほどの距離あるその壁には、数え切れないほどの肖像画が並べられている。
「ハインツ・アフォルタ………」
そのうちの一つを目にし、刻まれたプレートの名前を読み上げて顔をしかめる。悩むまでもない、自分の祖父だ。
こんな自分を作り上げた張本人。最後はユージィンに殺されるという末路を辿った愚かな人間。
「ふ…ん……じゃあこれって全部俺の親戚ってことか」
いかめしげな顔のハインツを眺め、次いでその隣に飾られた老若男女の絵を眺め退屈そうに呟く。
時間は掃いて捨てるほどあるんだ。
そう思い直し、ゆっくりとその一つ一つをじっくりと見て歩く。だがまたも現れた妙なモノにふと足を止める。
「なんだこりゃ………」
絵画がずらりと並ぶ中、ぽっかりと現れた二枚の扉。右と左に対のように並べられている。
屋敷内にある扉とは明らかに違う系統の、重厚な作りのソレにしばらく考え込んだあと思いきってノブに手を伸ばした。
もしかしたらオヤジの秘密の部屋かもしれねーし。
そんな期待を胸に抱きながら。